日本酒を愛してやまない里見です。2020年にネクストモードを立ち上げて以来、「仕事」と「旅」を交差させる暮らしが始まりました。気づけば年間100日以上を旅先で過ごすようになり、ノマドワーカーとして海外で働くことが多くなりました。
今回の舞台は、中国・雲南省。国境の町ラオカイから始まり、昆明へと続く道のりで出会ったのは、現金のいらないキャッシュレス社会、顔認証が日常に溶け込んだサイバーパンクのような都市、そして大阪のおばちゃんのように温かい人情でした。 中心都市(北京や大連)の持つ秩序と安定に対し、雲南のような「周縁」では柔軟さと多様性が息づいています。これはビジネスの世界でいえば「コア」と「アジリティ」の関係に似ています。中心の強固な制度と周縁の実験的な活力、その張力こそが新しい価値を生むのだと、旅の中で実感しました。
ご飯が安くて美味しかったです。150元(約300円)から80元(約160円)で食事をしてました。
早暁、ラオカイから国境へ ―鮮烈な始まり
5:00。まだ夜明け前の薄明かりの中で、ハノイからの深夜バスを降りて、眠気をこすりながらGrabを呼びました。車窓には淡く靄がかかり、山稜がうっすらと影を落とす。タクシーは闇のなか細道を抜け、イミグレ(越南側出国)へまっしぐら。
日本からの直行便でハノイに到着した後、深夜バスで早朝のラオカイに到着
到着直後、怪しげなお兄さんに声をかけられ、思わずバインミーとコーヒーを頼みます。「埼玉で3年技能実習してました」「日本語できます」—その語り口は流暢ですが、直感的には怪しい。しかし、バインミーは3万ドンと安くて旨いし、泡立てたコーヒーも予想外に香り高くて美味しいです。まさに怪しさと誠実さのミックスドリンク。
事前に予約した列車は、中国とベトナムの時差を間違えて、イミグレーション通過を含めて30分しか時間がありません。どう考えても無理ではないか。日本語ができるお兄さんに相談すると、俺についてこいという。
よくよく聞くと、07:00前にスタンプを押してくれる「サービス(賄賂?)」の話が持ち出され、30万ドン請求されます。もちろん断って、多国籍な入国街の列に並んでみるも、一向に前に進みません。よく見ると、ときどき建物に入っていって、スタンプを事前に押してもらっているらしき人がいます。自分も試みますが、建物に入れません。
ベトナムと中国の国境の目の前にある、バインミーの屋台。ここで入国の「サービス」の提案を受けました。
このまま待っていると入国にどれだけ時間がかかるかわからない。そこで、紹介された謎のオジサンにパスポートを託すことに。なぜか50万ドンに値上がってましたが、彼はスイスイと建物に入っていきます。時間は切迫。少々焦りましたが、10分前にスタンプを押して返してくれました。これが「現金+人脈力」の一つの現実なのか。
06:55、イミグレーションの列は200人以上。スタンプを押印済みの自分は、誰よりも早く越南出国を突破。
ベトナム側のイミグレーションには200人以上の人が押し寄せている。普通に列に並んでいたら、1時間はかかったのではないか。ちなみに、通常はビザなしで無料で通過できます(2025年9月現在)。
次いで中国側ゲートが開くまで最前列で待機し、07:00ぴったりに突破。20kgのバックパックを背負って橋を駆け、中国側イミグレへ。 入国審査は手書き。ボールペン2本が死んでて焦ります。文字を書き上げても、前の列のトラブルで5分ロス。指紋認証と厳しい質問に耐えて、07:15にようやくスタンプをもらう。電車発車は07:30。残る時間はわずか。
目の前のタクシーに飛び乗りましたが、運転手は英語ゼロ。駅名を漢字で示し、スマホ地図を頼りにジェスチャーで伝えます。日本の漢字も通じた…ような気がする。頼りのスマホの通信であるGoogle Fiは沈黙し、WeChat PayもAlipayも機能せず。やむなく多めにドル札を握らせて、タクシーを後にします。
ベトナムと中国の国境の橋。ここを駆け抜けることになる。
07:25、残り5分。改札を全力疾走し、荷物検査をパス、パスポートを3回提示して、07:28に電車に駆け込み成功。座席を確保できたのは奇跡。
07:30、列車は正時に発車。Google地図もドル札も総動員して、中国旅の第一段階を切り抜けました。せっかくの徒歩での国境越えでしたが、風景を味わう余裕は皆無でした。
日本の新幹線のように揺れも少なく快適でした。充電用の電源も足元にありました。そして天井にはスプリンクラーと監視カメラ。
座席について、ふと、疑問に思ったのが、ここまで予約チケットのチェックがなく、パスポートの提示だけで列車に乗っています。改札での予約のチェックはないのか?これから座席で行われるのか?様々な疑問がよぎるものの、日本を出発してから24時間が経とうとしている中、いつの間にか静かな車内で眠っていました。
列車の中にはお湯を汲む場所がありました。プーアール茶が有名な雲南省では、お茶を飲んでいる人が多かったです。
昆明での混乱 ― 待ち時間/チケット地獄に紛れて
昆明への移動を終え、次の都市である麗江への予約チケットを確認すると、発車日は明日になっていました。日時変更のために窓口に並びました。窓口は6種類もあって、混沌。横入り、窓口変更の応酬に、45分の乗り換え時間はあっという間に溶けていきました。
窓口で指摘されたのが、予約チケットの名前のスペルミス。スペルミスぐらいどうでもいいと思っていたのですが、どうやら、パスポートの名前とパスポート番号を正確に予約時に記録する必要があるようです。そして、チケットはパスポートそのもので、その他のチケット提示が不要のようです。列車に乗る際に、パスポートの画像認識で氏名とパスポート番号が照合され、いつ、だれが、どこ行きの列車の、何号車の何番に座るのか、ということが中国政府に把握される。なるほど、それで昆明までの列車でチケットをチェックしなかったわけです。
なんとかチケットの変更が終わって、3時間後の列車が予約できました。数時間の空白ができたので、心を切り替えて、ぶらぶらと街歩き。ジャスミンティーの香りが風に乗って漂い、月餅屋には薔薇の花びらが入った菓子が並ぶ。口に含むと、甘さと花の馨りがやさしく広がります。「百聞は一見にしかず」という中国の古い諺が脳裏をよぎる。実際見て味わってこそ真価ある。
WeChat Payは屋台でも利用可能。現金は完全に不要。便利すぎて少し怖くもなります。
お茶の試飲、もう飲めないってぐらい飲ませてくれました。
時間に余裕があったので、30元(約600円)の散髪に挑戦。仕上がりは荒削りですが、シャンプー込みでこの価格。アジア定番のシャンプーである「SUNSILK」の香りが漂い、ささやかなリフレッシュができました。
しかしここで突然、WeChat Pay/Alipayが使えなくなりました。近くに両替所は見当たらず。交渉の末、20ドル(約3000円)紙幣を預けて後で返してもらう約束をし、店をあとにしました。果たして本当に返ってくるのか。お金が返ってくるかどうかよりも、見知らぬ土地での出会いを信じてみたくなりました。
そして、ぎりぎりで列車に飛び乗り、無一文のまま、次なる旅路へ向かいました。
600円の散髪は10分ほどで終了。ここでもWeChatとAlipayが突然使えなくなりました。一定金額を利用すると、ときどきスマホのSNS認証があるようで、通知設定を変更してその後は使えました。
人々の温かさと「中心/周縁」の視点
旅を続ける中で意外だったのは、誰もボッタクろうとしないこと。外国人だからといって差別もされない。地下鉄で支払いに困っていたら駅員が券売機まで来て教えてくれる。カード決済できずに困っていたら、自分のカードで乗車券を買ってくれました。散髪屋で“後日支払う”と言っても信じて預かってくれる。タクシーはメーター料金しか請求しない。翻訳アプリが通じなくても、身振り手振りで真剣に対応してくれる。
こうした“民間レベル”の温かさが、北京や大連といった「中心都市」では感じられない“親密性”を、この旅で知りました。中心の硬直性と秩序性、周縁の柔らかさと人情性―その差異がなにより驚きでした。
WeChatもAlipayも払えなかったので、明々後日に取りに来ると伝え、20ドルを預けましたが、後日返してくれました。
西山森林公園のドラゴンゲートからの景色。西山森林公園に行くために地下鉄に乗るときも、WeChatもAlipayも使えなかったのですが、駅員が自分のお金で買ってくれました。WeChatのミニアプリ「
乘車碼」をインストール後は無事にバスにも乗れました。
昆明・西山森林公園には“対日戦争80周年”を記念する建物がありました。しかし人影はなく、自分ひとりで見学していました。そのとき改めて感じたのは、「雲南省の人にとって、日本=敵」は、普通の関心事ではないのかもしれない。国家の大きな物語と、庶民のささやかな暮らしは必ずしも重ならないようです。
西山森林公園にある抗日事述紀賓館は新しい綺麗な建物でした。たまたまかもしれませんが、見学している人は自分だけでした。
雲南=「周縁」に宿る技術と文化のダイナミズム
雲南省は伝統文化の厚みもあり、生活コストも低い。ベトナムより安い物価で、京都以上に古寺・古建造物が残っている。この「歴史と風情」の周縁性と、最新テクノロジーとの融合が面白いコントラストを生みます。
たとえば、顔認証やキャッシュレス決済、監視カメラなどの先端技術が古い街並みに溶け込んでいる。駅や地下鉄では、すでに顔認証やQR決済で入出場できるシステムが整っており、現金はほぼ不要。
中国政府は「Sharp Eyes(銳眼/Xue Liang)」という国土全体を網羅する監視・映像統合プロジェクトを進めていて、公共空間の監視カメラ網を強化しています。徹底的にカメラを設置していて、なんと長距離バスの中にも10台以上あるそうです。この監視網を支える技術には、顔認証・画像解析・ビッグデータ・機械学習が中核となります。たとえば「一人一ファイル(one person, one file)」という仕組みでは、各個人に関する記録をリアルタイムに更新し、行動履歴・公共交通利用・顔画像情報などを統合する試みが展開されています。
新幹線のような高速列車は5時間で3千円程度。12goやTrip.comで日本語予約できます。中国人はマイナンバーカードのようなカードを機械にタッチするだけで乗車できます。
一方、雲南省の観光地や高速道路では、観光客ゲートで顔認証による入場管理が導入されており、せっかくの観光の遅滞をできるだけ解消する設計がなされています。
こうした技術が「中心都市=北京・大連」だけでなく、「周縁たる雲南」の山間部・国境地帯にも及んでいる事実は示唆に富んでいます。中心では制度・資金・監視体制が集中しており、技術導入の速度もスケールも大きい。しかし、周縁での導入は“文化”との折り合いが要求される。その意味で、雲南という場所は、中心の技術秩序を揺さぶる「変異点」たりうると思いました。
山口昌男の「周縁/中心」論を借りれば、周縁は中心からの距離と異質性を孕みつつ、文化・技術の再生産を生む可能性を持つ存在です。中心都市(北京・大連など)は制度・資源・権力の集合点であり、”既成秩序”を強く体現する。だがその硬直性ゆえに、イノベーションや構造的転換のエネルギーを、しばしば周縁の地—見過ごされがちな地域—が供給することになります。
雲南はまさにその“触媒”としての顔を持つ:石橋や古刹、少数民族文化が息づきつつ、最先端の監視・スマートシティ・AI技術が舞い込む場所。ここでは「文化的余剰性」と「技術的先端性」が戯れあっている。中心が直線的な進歩を志向する統治中心点なら、周縁は曲線的な変化と揺らぎを孕む変革点になる。言い換えれば、中心は「コアコンピタンス」と権威を保持し、周縁は「アジリティ」と多様性が潜むフロンティアであると言えそうです。
中国への旅の終盤に思うのは、技術文明の発展と文化的多様性は必ずしも相反しない、ということ。むしろ、中心的な圧力と周縁的な多元性の張力が、新しい地平を開くのではないでしょうか。
世界遺産の麗江旧市街は、これまで行った街の中で最も美しかったです。かなり広いエリアに伝統的な建物、石畳の街並みが残っていました。
最後に
雲南の旅で感じた「周縁の力」は、日本の働き方にも通じます。クラウドであたらしい働き方をする企業は、まだ日本の社会においては周縁の存在かもしれません。しかし、いま確実に、日本の「中心」に位置する大企業を巻き込みながら、クラウドを軸にした柔軟で自由な働き方が浸透し始めています。 中心と周縁のせめぎあいからこそ、新しい文化が芽吹き、やがて常識へと変わっていく。ネクストモードはそのダイナミズムを信じ、「クラウドであたらしい働き方を」というビジョンを、これからも周縁から中心へと広げていきたいと思います。
世界遺産の麗江旧市街、よく見ると監視カメラがあったり、顔認証でゲートに入れたり、デジタル技術が仕込まれていました。藤井保文氏が『アフターデジタル』で描いた世界がここにもありました。