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アンナプルナが教えてくれた身体の声 ―香りが導いた、戦略的な撤退と回復の設計― | Nextmode Blog

日本酒をこよなく愛する里見です。山は、時に厳しく、時に優しく、私たちに多くのことを教えてくれます。

今回、ネパール・アンナプルナ山域のティルチョレイクを訪れた際、標高4,200メートルで高山病の症状に見舞われました。頭痛、吐き気、食欲不振。身体が発するシグナルに耳を傾けながら、一つ一つ対処していく中で、思いがけない発見がありました。

それは、持参していた鶴居村産トドマツの芳香剤が、吐き気の軽減に寄与したように感じられたことです。香りと身体の関係、高山病の回復プロセス、そしてそこから見えてきた「レジリエンス(回復力)」の本質。山での体験は、経営やテクノロジーの世界にも通じる、普遍的な示唆を与えてくれました。

このブログでは、私自身の身体が記録した時系列の変化と、そこから導き出された気づきを、できる限り正直に綴ってみたいと思います。山が教えてくれたのは、「戦略的な撤退」と「回復の設計」の重要性でした。

前日に訪れたティルチョレイクと蒼い空

ジープで知り合ったネパール人の大学生と一緒に登りました

ティルチョレイクの周囲は一面の雪景色でした

時を刻む身体、山が紡ぐ記録

◇午前5時。ティルチョレイク・ベースキャンプ(標高約4,200メートル)で目を覚ました朝のことです。耳鳴りには慣れてきて、キーンという音は感じません。しかし、前夜より頭痛が増していて、高山病が悪化しているのを感じました。昨日は標高4,900メートルのティルチョレイクまで700メートルをいっきに登ったため、身体が疲れているのかもしれません。本来であれば、この日はトロンパス(標高約5,400メートル)に向かうために、ヤクカルカへ移動するはずでした。今回は荷物を持ってくれるポーターを雇わず、自分の足と体力だけでどこまで行けるかを試す、自分への挑戦の旅でした。ティルチョレイクで自己最高の高度である4,900メートルを更新し、その達成感は心を満たしてくれました。しかし、山は常に謙虚さを教えてくれます。さすがに冬のトロンパスを自力で登るのは無謀だと、身体が私に警告をだしていました。登山とは、頂上を目指すことだけが目的ではありません。無事に帰ること、それこそが最も重要な目標です。今回は体調のことも考えて、撤退することにしました。引き返す決断もまた、登山者としての成熟の証だと、自分に言い聞かせながら。

◇午前6時。食欲はありませんでしたが、今日の下山に備えて、持参したシュトーレンとミルク入りのコーヒーを食べました。大好きなコーヒーの香りがあまり感じられず、シュトーレンも味気なく感じました。味覚障害がでているのだと思います。氷点下であるため、トイレを含め、あらゆる蛇口が凍っています。昨晩ポットに淹れたお湯で歯磨きをして、軽く顔を洗いました。

◇午前8時、ティルチョレイク・ベースキャンプ(標高約4,200メートル)からの下山を開始しました。空気が澄んでいて、下界で身体にまとわりついていたねっとりとした筋肉の重さはありません。息苦しくて辛いのですが、身体はむしろ「薄く」なり、細い芯だけで無になって歩きました。

4,000メートルを超えたあたりから、左側の後頭部に頭痛がではじめました

4,200メートルのロッジから見えるアンナプルナの景色

美しい朝焼けに包まれながらの下山

下山道を塞ぐヤク

◇午前11時30分、ジュニパー(ドゥピ)の香りがすると、街が近づいていることを知ります。チベットの民は、ヒマラヤ地域で自生する針葉樹を焚いて空気を清めます。シリカルカ(標高約4,070メートル)に到着したときも、ジュニパーの香りで包まれました。ロッジに入り、ナッツのビスケットとミルクコーヒーで小休止。体調に大きな変化はありませんが、もう少しでマナンに到着すると思うと、足取りも軽やかになります。その一方で、これだけ歩けるのであれば、もしかしたら、トロンパスを越えられるのではないか?という未練がよぎります。せめてヤクカルカまで行ってから判断してもいいのではないか。。。4日間一緒に登ってきたネパール人の大学生は、トロンパスへのチャレンジを続けると言いました。「The Himalayas are always here. On clear days this season, you can see them even from Kathmandu. You can come back anytime.」と言って彼は私を慰め、ここで別れました。

シリカルカでは、視界が抜けて空が広く感じられました

下山した安心感と高揚感で、マナンの街を歩く牛と自撮り

◇午後3時、マナン(標高約3,540メートル)への下山を無事に完了しました。数件のパン屋がこの時期でもOPENしていて、小麦の焦げる香りがしました。この時、頭痛は完全に消え、喉を通る空気に「粘度」を感じるほど空気が濃く、肺に重力を感じました。高山病の主な症状は、下降によって改善したようで、ひとまず安堵しました。

◇午後3時から4時にかけて、この日初めて、きちんとした食事を取りました。顔の大きさほどあるヤクチーズのサンドイッチ(生野菜入り)、パイナップルジュース、コーラ。食欲が完全に戻っていたわけではありませんが、下山を祝うように矢継ぎ早に注文しました。今思えば、高所を行動した後の身体にとっては、やや負担が大きかったかもしれません。

下山の後のコカ・コーラ、鼻に抜ける炭酸が格別です

牧草の香りがするヤクのチーズを温めてサンドしてあり、濃厚で美味しかったです

◇午後4時から4時30分、4日ぶりにシャワーを浴びて、サッパリしました。

◇午後5時から5時30分、薪ストーブの前で身体を温めていると、身体に違和感を感じました。最初は薪ストーブの香りにむせたのかと思いました。ヒマラヤでは、草のエネルギーが凝縮された貴重な燃料としてヤクの糞が用いられます。気のせいだろうと思っていましたが、徐々に吐き気が強くなってきました。

◇午後5時30分、下腹の奥から何かがせり上がってくるような恐ろしい感覚に襲われ、ただ「気持ち悪い」という言葉では表現できない、激烈なムカムカとクラクラが同時に押し寄せ、耐え難い吐き気のようなものに変わっていきました。脳が「ぐわん」とゆっくり締め付けられる感覚があり、もはや座っているのも苦痛なため、やむなくベッドに身を沈めました。喉を通るかどうかも分からないまま、震える手で一口ずつ水を口に含んでは様子を見る、その苦しい繰り返しです。下山すれば楽になると思い込んでいた高山病が、むしろ勢いを増して執拗に追いかけてきたのか、実際にここまで強烈な吐き気に襲われると、「このまま悪化したらどうなるのか」「本当に助かるのか」という不安が、吐き気そのものよりも重く胸にのしかかってきました。下山したとはいえ、まだ標高は約3,540メートルで富士山の頂上に近い高度です。重症の高山病は肺水腫や脳浮腫を引き起こし、最悪の場合、命を落とします。その事実が頭をよぎり、なんとか身体を制御しなければと、焦りました。

◇午後6時30分から7時、既に高山病の薬であるダイヤモックス(アセタゾラミド)は飲んでいましたが、それでも症状は一向に改善せず、手持ちの薬の中に他に効きそうなものもなかったため、もはやただ耐えるしかなく、安静にすることにしました。せめて気持ちを落ち着けようと思い、車酔い対策で持参していた「Air Forest YOWAN(エアフォレスト ヨワン)」をダイレクトに鼻に近づけ、苦しい息の中で深呼吸を試みました。その後、YOWANのキューブを3粒、枕元に置きました。鶴居村で伐採されたトドマツの香りを感じるうちに、吐き気は若干和らいでいきました。そのままキューブを置いていると、部屋全体の空気が澄んだように感じられ、わずかな救いを感じました。

◇午後7時30分から9時、しかし、まだ吐き気は完全には収まらず、苦しい一進一退を繰り返しています。横になっているのも耐え難く、ベッドで体育座りの姿勢を取りながら、この苦痛から少しでも気を紛らすために、Audibleで音声コンテンツを聴いて必死に過ごしました。その間、体温が上昇して微熱が出始め、さらに軽い発疹が約45分ほど続き、「症状が悪化しているのではないか」という新たな不安が襲ってきました。しかし、気づけば吐き気とともに、それらの不快な症状も消えていました。それでも、いつまたあの嫌な症状が戻ってくるのか、心の底から安心することはできませんでした。

◇午後9時30分、Garminの睡眠ログによると、ようやく眠ることができました。

◇午前6時、起床し、回復していることを確認しました。

高山病と回復期―身体が教えてくれた、山の摂理

一連の症状を振り返ってみると、頭痛については軽度の高山病であり、高度を下げたことによって改善したものと考えられます。

一方で、マナン到着後に現れた吐き気は、高山病そのものの進行ではなく、「回復期における自律神経と胃腸の反応」だったように思います。高所では、身体は常に緊張状態にあり、交感神経が優位になります。下降し、安全な環境に戻ると、副交感神経が一気に働き始めます。その切り替えの過程で、胃腸が過敏に反応することは、登山者の間では決して珍しいことではありません。加えて、シャワーによる体温変化、脂質や乳製品、生野菜、炭酸飲料といった要素が重なり、胃腸と自律神経に一時的な負荷を与えたのだと考えています。

なぜトドマツが効いたのか―香りが紡ぐ、身体との対話

ここで特筆すべきは、トドマツの香りが、吐き気の軽減に寄与したと感じられた点です。

YOWANは、鶴居村産トドマツの精油を用いた芳香剤です。香りは嗅覚を通じて、脳の深部、特に自律神経と密接に関わる領域に直接作用します。吐き気という症状は、胃そのものよりも、自律神経や脳の状態に左右される側面が大きいとされています。実際、医療の現場でも、香りによる刺激が吐き気の緩和に寄与する例は報告されています。YOWANが高山病そのものを治療したわけではありませんが、高山病やその回復期に生じやすい「自律神経性の吐き気」に対して、結果的に良い方向に作用した可能性は十分に考えられます。枕元に置いたことで「空気が澄んだ」と感じたことも、心理的な安心感をもたらし、それが身体の反応を穏やかにしたのかもしれません。

現象学的に言えば、香りが身体図式(body schema)を一瞬で呼び戻すトリガーとなり、「身体が自分のものじゃないと感じる歪み」を戻してくれたのだと思います。言い換えると、YOWANの香りによって、身体が世界に戻る余地をつくりました。まさに、「世界は私の前にあるのではなく、私を包んでいる身体は意識の条件であり、対象ではない」ということを思い知らされる出来事でした。自然の一部でもある身体は、意識の対象として完全に制御することは不可能で、そんな当たり前のことを雄大な山並みを前に神秘として感じさせてくれました。

YOWANのこの小さなキューブが救ってくれました

山から得た、もう一つの学び―旅が教えてくれた経営の本質

山で起きたこの一連の出来事は、経営という営みを、身体を通して理解する体験だったように思います。無理を続ければ必ずどこかで破綻すること、そして、適切なタイミングで立ち止まり、引き返すことでこそ、回復の可能性が残されること。これは登山に限らず、企業経営や組織運営にもそのまま当てはまります。成長や挑戦を否定するのではなく、あらかじめ「戦略的な撤退」と「回復の設計」を組み込んでおくこと。それが、持続的に前に進むための前提条件なのだと、身体が教えてくれました。

Amazon Web ServicesのCTOであるヴェルナー・ヴォーゲルス博士が語った「Everything fails, all the time(すべては常に失敗する)」、そして「Build for failure(失敗を前提に設計せよ)」という言葉は、クラウドの設計思想であると同時に、人間の身体や組織の真理でもあります。失敗しないことを目指すのではなく、失敗しても致命傷にならず、回復できる構造を持つこと。その思想が、クラウドであり、レジリエンスの核心です。

今回、YOWANの香りが果たした役割は、まさにその「回復経路」でした。現象学的に見ると、香りは視覚や言語のように対象を把握する感覚ではありません。香りは意味づける前に、直接、身体に侵入し、世界との距離感そのものを変えます。吐き気に襲われ、「身体が自分のものではない」と感じていた瞬間、香りは思考を介さず、身体を世界に引き戻しました。これは治療というより、「身体が再び居場所を得る」出来事だったように思います。主系である理性や薬が効きにくいとき、感覚という別系統が静かに働き、全体を支える。この構造は、クラウドにおけるフェイルオーバーそのものです。香りは、身体にとってのフェイルオーバーであり、壊れかけたシステムを即座に立て直すための、極めて原始的で有効なバックアップ経路だったのです。

山で学んだのは、前に進み続ける勇気ではなく、引き返す判断を含めて設計する知恵でした。そして、回復は偶然に任せるものではなく、あらかじめ用意されているべきものだという事実です。この思想は、経営にも、テクノロジーにも、そして私たちの働き方にも通じています。失敗を前提にし、回復できる余白を組み込みながら進むこと。私たちは、その実践を続けていきます。クラウドであたらしい働き方を。

「危険を伴うスポーツから学んだこともある。限界を超えてはならない、という点だ。ぎりぎりまで行くのはかまわない。そもそも、そういう崖っぷちの瞬間を求めているのだから。だが、限界を超えてはならない。自分に正直でもあらねばならない。自分の能力と限界を知り、そのなかで生きねばならない。同じことがビジネスにも言える。会社が身の丈を超えるものに手を出そうとするのが早ければ早いほど、「すべてを手にしよう」とするのが早ければ早いほど、死ぬのも早くなる。」

パタゴニア創業者 イヴォン・シュイナード 『新版 社員をサーフィンに行かせよう―――パタゴニア経営のすべて』ダイヤモンド社