ネクストモードブログ

サンフランシスコ空港で出会った、ロボットバリスタの美学

日本酒をこよなく愛する里見です。2025年12月4日早朝、サンフランシスコ国際空港に降り立ちました。時差ボケでまだ身体が目覚めきらないまま、ぼんやりと預入荷物を待っていたときのこと。ふと視線の先に、軽やかに手を振るロボットの姿が目に飛び込んできました。
CAFEX(カフェックス)――ロボットバリスタです。
旅の途中で、これほど象徴的な"シリコンバレーらしさ"を突きつけられては、吸い寄せられるほかありません。迷わずクレジットカードをタッチし、カプチーノを注文しました。

ラスベガスからサンフランシスコの早朝便

CAFEXが"安定して美味しい"理由

CAFEXはロボットバリスタとして、温度・圧力・ミルクフォームの質を完全にプログラム管理しています。
興味深いのは、その開発の背景です。初期バージョンでは無機質に動くだけで「怖すぎる」と不評だったそうです。そこで追加されたのが、手を振ったり、わずかに身体を揺らす"人間味のあるモーション"。この小さな工夫が、テクノロジーと人間の距離を縮めたのです。
今回飲んだカプチーノは5.75ドル。サンフランシスコのスターバックス(Tall)が約5.45ドルなので、やや高めですが、空港価格としては妥当でしょう。そして、味は価格以上でした。泡はクリーミーで、香りもしっかりと立っている。アメリカでこれほどまともなカプチーノに出会えるのは、実はレアな体験なのです。

baggage claimの隅っこに装置が設置されていました。

メニューはかなり豊富です。

美味しい珈琲と不味い珈琲の境界線

珈琲の味を決めるのは、鮮度・挽き目・圧力・温度――物理と化学の組み合わせです。条件が整えば美味しくなり、どれか一つでも欠ければ、途端に味は崩れます。
CAFEXが美味しい理由は、極めてシンプルです。抽出条件をロボットが毎回"完璧に再現できる"から。人間のブレがない分、品質は驚くほど安定しています。

豆の種類を選ぶことができました。

ミルクの種類を選ぶことができました。

アメリカの"麦茶みたいなコーヒー"が生まれる科学的理由

アメリカの一般的なドリップコーヒーが、しばしば"麦茶"と揶揄される理由。それは物理現象で説明できます。
抽出条件が「粗挽き+短時間」
粗挽きの豆は、お湯に触れる表面積が小さいため、香りの油(コーヒーオイル)が十分に抽出されず、旨味成分(可溶性固形物)も薄くなります。結果、香りが弱く、水っぽい味になる。麦茶のように感じるのは、この"アロマ不足"と"薄さ"の組み合わせが原因なのです。
浅煎り傾向が強い
アメリカの大量供給向けコーヒーは浅煎り気味で、ローストの香ばしさが弱く、酸味が立ちやすいのも特徴です。
抽出科学的に見れば、浅煎り × 粗挽き × 短時間抽出は、「麦茶コーヒー」を生む完璧なレシピと言えるでしょう。

連続してオーダーができるためか、氏名を入れます。

レシートを受け取ることができます。

スターバックスは深煎りでは?

スターバックスといえば、イタリアンローストなど深煎りのイメージが強いはず。それなのに「スタバも薄く感じる」現象が起きるのはなぜか。
理由は二つあります。
① アメリカと日本で焙煎ラインアップと抽出傾向が微妙に違う
スターバックスは世界共通のブランドですが、国ごとに売れ筋・焙煎度・抽出レシピが異なります。
日本では、深煎り人気が強く、"コク"を求める文化があります。ラテ系に合う濃いエスプレッソを好む傾向も顕著です。
一方アメリカでは、浅め〜中煎りの需要も大きく、大きなマグで"飲み続けるコーヒー文化"が根づいています。強い苦味よりも、軽い飲み口を好む傾向があるのです。
同じスタバでも、味の印象は国によって変わります。
② 抽出方法の違い
特にアメリカのドリップは、粗挽き、抽出が早い、フィルターが厚くオイルが落ちにくい――という傾向があります。
いくら深煎りでも、抽出があっさりしてしまえば、深煎りのコクは十分に出ず、結果として薄く感じるのです。

完成した珈琲は、いったん、棚に陳列され、受け取りボタンを押すと運んできてくれます。

なぜアメリカ人は"薄い珈琲"を美味しく感じ、日本人は物足りないのか

どうやら、文化による味覚の違いがあるようです。
アメリカでは、大きなカップで長時間飲む習慣があり、喉の渇きを癒す"飲料としてのコーヒー"が求められます。軽やかで酸味のある味が好まれるのです。
日本では、喫茶店文化で"味わう珈琲"が発展しました。深煎り、濃い香り、コクを重視し、ラテ系のミルクに負けない苦味を求める傾向があります。
同じ飲み物でも、何を期待するかが違えば、「美味しさの基準」もズレる。当然のことです。

ドリップしている最中に、ときどき踊っているようなそぶりを見せます。

スターバックスでも美味しい珈琲は飲める?

ここで一つ、実践的な話をしておきましょう。
スターバックスの"プレスサービス"をご存じでしょうか。世界の多くの店舗で提供されているこのサービス、頼めば丁寧にフレンチプレスで淹れてくれます。これが、旅先の"薄い珈琲地獄"を一気に抜け出させてくれるのです。
プレスは金属フィルターを使うため、豆のオイルや極小の粒子がそのままカップに落ちてきます。ペーパーフィルターでは失われがちな香りの厚み、コクの深みが生き残る。つまり"コーヒーの旨味総取り"の抽出法です。
確かに、プレスサービスは少々時間がかかります。抽出とそのの準備に10分ほど要するため、急いでいる朝には向かないかもしれません。しかし、この待ち時間に嬉しい出会いがあります。店員によっては、待っている間にドリップコーヒーなどの味見をさせてくれることがあるのです。この小さな気遣いが、旅先での珈琲体験を一層豊かにしてくれます。
アメリカ旅でずっと感じていた物足りなさが、ひと口でふっと消える瞬間がある。早朝の空港でプレスを頼むだけで、アメリカのコーヒー体験がちょっとだけ上質になります。旅のスイッチを入れ直す儀式としても悪くない。コーヒーに期待して裏切られがちなアメリカで、こんな小さな工夫が案外、旅の満足度を左右するものです。

CAFEXの価値は、この文化差を超えてくるところ

文化が違っても、抽出条件が整った珈琲は万人にとって美味しい。CAFEXは、そこをロボティクスで実現しています。
支払いはタッチ決済でスマート。メニューは抹茶ラテやココアまで揃っています。クッキーやケーキもありましたが、荷物が流れてきそうだったので、今回は断念しました。
ロボットが美味しい珈琲を淹れ、手を振ってくれる空港の朝。テクノロジーが、旅の始まりに小さな幸せを運んできてくれる――そんな体験でした。
次回は旅先のどこかで、抹茶ラテを試したいと思います。