コンテンツまでスキップ

韓国・富川市のスマートシティ見学のレポート

ワインをこよなく愛するネクストモードの里見です。2023年3月末に、韓国のソウルを訪問してきました。今回は韓国のスマートシティについて考えてみたいと思います。

韓国スマートシティの優れた点は、ひとつのシステムで各機能が連携しているところ

韓国は行政の電子化が進んでいる国で、国連の経済社会局(UN DESA)が193カ国を対象とした「世界電子政府ランキング」2020においても2位となっています(1位:デンマーク、2位:韓国、3位:エストニア、4位:フィンランド、5位:オーストラリア、、、14位:日本、令和3年 情報通信白書より)。スマートシティの推進に当たっては、韓国のように政府の電子化が進んでいる点は大きなメリットとなっているように思います。

韓国の国旗

韓国は、世界的に見てもスマートシティの開発に力を入れている国の一つです。なかでもソウル市は、2022年11月にスペインのバルセロナで開催された「2022スマートシティエキスポワールドコングレス」(SCEWC)において、「都市」分野で最優秀都市賞を受賞しています。「都市」分野の最優秀都市賞は、約60カ国から337都市が参加しているこのカンファレンスの授賞部門で最高部門です。

韓国のスマートシティの素晴らしいところは、複数の行政機関、民間組織にまたがる課題を、ひとつのシステムで有機的に解決をしていることです。PPP(Public Private Partnerships)と呼ばれる官民連携事業で一定の成果をだしている分野だと言えます。富川市(プチョン市)のプレゼンテーションでは、行政機関と民間のトップがそれぞれ発表している点が印象的で、両者が密に連携していることがうかがえました。

また、人口の少ない韓国国内の需要だけでなく、作り上げた仕組みを海外に販売するつもりで最初から考案されている点も特徴です。都市の特徴に合わせてプラグイン形式で各機能の取捨選択が可能で、ベトナムをはじめとしたいくつかの国へ輸出実績があります。SF小説のような少し遠い空想の世界を見ている感じではなく、近い将来に来るであろう現実的な近未来を感じることができました。

スマートシティにおける、ブラウンフィールド(Brown Field)とは

国土交通省によれば、スマートシティは「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義されています(https://www.mlit.go.jp/common/001249774.pdf)現在、世界中の都市がスマートシティの実現に向けて取り組んでおり、その中でブラウンフィールド・グリーンフィールドという用語がよく使われます。

ブラウンフィールドとは、以前からの建物やインフラが存在する地域で、現代の高度な技術やシステムを導入してスマートシティ化を進めることを指します。投資対象として広くとらえれば、既存のインフラが存在する地域での開発をブラウンフィールドと呼んでいいのではないかと思います。

ブラウンフィールドの反対語はグリーンフィールド(Green Field)と呼ばれ、今まで建物や工場などが建ったことがない、なにもないところから新たに街を作る場合に使います。

元々人が住んでいる場所(=ブラウンフィールド)にスマートシティを導入する場合、一気に改変するのではなく、その地域や地区の持つ課題に合わせて必要なものを取捨選択しながら最適化していくという手法がとられます。これにより、地域の活性化や環境保全、資産価値の向上というメリットがありますが、ビックデータの整備や住民の理解と協力が必要などの課題があります。少子高齢化によって人口減少が進む日本では、ゼロから開拓して新たな街を作ることよりも、既存の街が持つ様々な課題をAIなどの先端技術を活用してどのように革新していくかの方が、内閣府を始め各省庁でもさかんに論議されています。

富川市のスマートシティ

今回は、ブラウンフィールド型スマートシティ化におけるPPPの取り組みを見るために、富川市を訪問しました。

富川市訪問

富川市はソウルから西南西に20kmの街で、韓国で第2位の人口密集地帯(人口密度16,657人/km²)となっています。CCTV(Closed Circuit Television System)が1479台設置され、複数のサービスを提供しています。すべてのサービスは、Smart City Pass Applicationと呼ばれるスマートフォンのアプリで利用できます。特徴的だったのが、公共交通機関をはじめとした都市の資産をできるだけシェアして利用する仕組みづくりで、例えば自分が所有する駐車場をシェアするとCitizen ID e-WalletにMileageと呼ばれるポイントがもらえます。Mileageは様々なサービスで利用できます。シェアリング・エコノミーにインセンティブを与えて促進する点が効果的だと思いました。

■Parking Sharing Service

有料の駐車場、個人所有の駐車場、バレーパーキング等をシェアするサービスです。専用のアプリで、空いている駐車場を幾らで利用できるかが簡単にわかります。また、個人所有の駐車場は昼間に空いていることが多いですが、夜は帰宅して利用するため、深夜になると優先的に所有者が利用できる仕組みを用意しているようです。駐車場の提供者はShared Parking Mileageを受け取ることができます。

■Car / Kickboard / Bicycle Sharing Service

韓国では国内にデータセンターをもたない外国企業への地図データの搬出を禁止しているため、GoogleMapの精度が高くありません。そこで、NAVER等の地図アプリを利用することになりますが、Smart CityPass Applicationの中で表示される地図を使えば、各モビリティーの空き状況や利用料金が表示されます。また、目的地までのルートも、自家用車、バス、地下鉄、キックボード、自転車をどう活用すればよいか、トータルで案内をしてくれます。ひとつのアプリケーションで目的地までガイドしてくれるのは便利です。支払いサービスもアプリケーションに搭載されているため、クレジットカード等を登録しておけばスムーズな移動が可能です。

■Missing person search Service 

町中に設置されたCCTVは、EDGE AI BOX:EDGE-VA1と呼ばれる黄色い箱と接続されていて、様々な画像認識が行われています。その中のひとつが行方不明者の捜索です。普段は個人が特定されないような形でデータが活用されていますが、例えば高齢者の徘徊など行方不明者を捜索する依頼があった場合にのみ、警察がデータにアクセスできるようになっているようです。

■Safety fence service

町中に設置されたCCTVは、道路を横断中の歩行者の画像解析も行っています。道路上に設置されたスマートディスプレイに対して、車から見えにくい場所に歩行者がいることを伝えています。将来的には、犯罪者の行動を捕捉したりすることも可能なようですが、いまは犯罪捜査には活用されていないようです。

■Advanced traffic signal system

AIとBig Dataの組み合わせで、道路の混雑状況によって交通信号を切り替えるタイミングを変えて交通渋滞を解消しています。また、緊急車両(消防車、救急車、パトカー等)が通過する際に自動的に信号を青にするなど、実際の交通を管理する際に利用されています。

■Clean village service

街の中でゴミを見付けたときは、地図でその場所を特定し、撮影した写真と共に、カカオトーク(韓国で最も普及しているコミュニケーションアプリ)のチャットボットでレポートすることができます。また、ゴミを片付けた人は、証拠の写真を撮って送るとMileageが付与されます。15年前に韓国に行った時よりも、随分と町が綺麗になった印象があるのは、このような取り組みのおかげかもしれません。

富川市交通情報センターの管制システム

富川市交通情報センターの管制システム

利便性とプライバシー

中国では10億台以上のカメラが設置されているとも言われていますが、町中のCCTVはなんとなく気持ち悪さが残るもので、バンクシー(Banksy)のストリートアートを思いだしました。

バンクシーは、2007年にロンドンのニューマン・ストリートの郵便局が入ったビルの側面に壁画を描いています。「ONE NATION UNDER CCTV」(CCTV のもとで 1 つの国家)という巨大な文字で、町中にカメラが溢れている世の中を揶揄しました。よく見ると、文字だけでなく赤いパーカーを着た子供がはしごに登って「ONE NATION UNDER CCTV」をペインティングしていて、その様子を犬を連れた警察官が撮影しています。全体の大きさを考えると、ビルの3階建てまで足場を建設して描いたはずです。しかも、壁画のすぐ右側にはフェンスに囲まれた敷地を監視する既設のCCTVがあり、この状況でどのように巨大な壁画を描いたのかと、話題になりました。

cctvの下のBansky 1つの国

https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:One_Nation_Under_CCTV_(Banksy)

世界中にこれだけCCTVカメラが設置されていると、プライバシーの問題が気になりますが、日本の判例はどうなっているのでしょうか。肖像権という言葉がはじめて登場した「最高裁昭和44年12月24日大法廷判決」(判決①)には、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有する」とあります。憲法13条の議論と相まって、自分の情報をコントロールする権利があるという意識が徐々に一般的になっていきます。やがて2003年に個人情報保護法が成立したことでプライバシーが守られるようになりましたが、その一方でCCTVカメラの設置が一般的となり、判例も積み重なってきました。

最近の「東京地裁平成27年11月5日判決」(判決②)は、「もっとも、ある者の容ぼう等をその承諾無く撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、撮影の場所、撮影の範囲、撮影の態様、撮影の目的、撮影の必要性、撮影された映像の管理方法等諸般の事情を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を越えるものといえるかどうかを判断して決すべき」として、かなり緩やかな判断に変わってきています。判決①が警察が写真撮影をした憲法13条の事例であるのに対して、判決②は民間人がビデオカメラで撮影をした事例で、適用される法令も異なりますが、概ね、撮影に関しては「社会生活上受忍の限度」の判断を広くとらえる傾向にあると言えます。

CCTVをめぐっては「安全のために守ってもらう権利」も主張されていて、各地で設置を望む要望が行政に提出されています。CCTVを設置するメリットとデメリットを比較すると、概ね設置するメリットの方が大きい、という方向に変化しつつあるのではないでしょうか。スマートシティの整備に欠かせないCCTVを安全に利用するクラウドのシステムが、これから増えてくると考えられます。

今回の訪問で面白かったのが、スクールゾーンにあるスマートポールです。韓国の街中を歩いていると学校施設の周りに黄色いポールが立っています。設置されたカメラが時速30km以上を検知すると、スピード違反で罰金となり、ひと月以内に支払わなければならないそうです。カメラの情報が社会正義の為に適正に利用される限り、学童の交通事故を減少させるという意味で、メリットが大きいと感じる事例でした。

スクールゾーンにあるスマートポール

これだけMaaS(Mobility as a Service)に力を入れている背景は、どうやら交通事故死亡率にあるようです。2020年のデータによれば(https://www.globalnote.jp/post-10281.html)、人口10万人あたり、韓国が8.2人、日本が2.8人の死亡数となっています。1995年には10万人あたり49人と言われているので、韓国の交通事故死亡率はこの25年で劇的に減りました。スマートシティの仕組みで交通事故による不幸を減少させるチャレンジは、大きな成果をだしています。

最後に

韓国の民間企業では日本よりもAWSやSaaSの利用が進んでいますが、スマートシティの仕組みはまだプライベート・クラウドで動いていました。政府系の仕組みがパブリック・クラウドに移行するには、まだ時間がかかりそうな印象を受けました。

日々進化するソウルの街並み。韓国に行った際には、街中で見られるスマートシティが提供するサービスに興味を持つと違った視点が得られるかもしれません。バンクシーが既存の街並みを活用しながらアートを作ったように、既存の街を活性化するブラウンフィールドの工夫を至るところで見ることができます。人口減少により既存インフラを活かしていく必要性の高い日本に住んでいるからこそ、韓国で考えさせられるものが多かったのかもしれません。

ONE NATION UNDER CCTV」というメッセージに、ジョージ・オーウェルの『1984』にあるビック・ブラザーの監視社会を見るのか、それともITによって住みやすい世の中が徐々に開けていく輝かしい未来を見るのか、我々がいかにテクノロジーを使いこなしていくかにかかっています。リベラルな姿勢で社会政策にITが関わることで、少し先の未来を安心・安全なものにしていきたいと思います。