ワインをこよなく愛するネクストモードの里見です。 今回はネクストモードのカルチャーのひとつである、「全員がリーダーシップを持つこと...
Asana本社訪問記:働き方のOSが体現する、集中のための哲学
日本酒をこよなく愛する里見です。12月の気持ちいい午前中、Uberでゆったりとサンフランシスコの街を抜け、Asana本社に到着しました。ネクストモードの創業以来、社内で活用しているAsana。そのプロダクトを生み出した人々は、どんな働き方をしているのか。以前から訪問を希望していただけあって、わくわくしながら訪れました。
雲一つないサンフランシスコの蒼い空。
控えめな佇まいに宿る、世界を変える思想
12階建ての無機質なビル。外から見ると、シリコンバレーらしい控えめな佇まいです。しかしこの中に、世界中の働き方を変える思想が詰まっています。実際、ほぼすべてのフロアがAsanaのオフィスです。ただのオフィスビルなのに、入った瞬間に「ここは文化の建物だ」と分かる不思議な空気がありました。
エントランスは20m近い天井高。印象的なのは、装飾がほとんどないことです。この"そぎ落とし"は、Asanaのプロダクト思想そのもの。余計な機能を置かず、本質に集中させる。その精神が、空間デザインにまで染み渡っていました。
エントランスに広がるのは、エントロピーの小さな空間。
遊び心は「意図を持った設計」──余白が生む、真の集中力
1階のカフェにはバリスタが常駐し、アメリカン珈琲、マキアート、エスプレッソ、コルタード、ホットチョコレート、チャイ、抹茶、コンブチャ……ひとりひとりの体調に合わせて選ぶことができます。その横には300人規模のイベントスペースが広がります。
2階では野菜中心のランチが無料で提供され、ベジタリアン向けの料理が充実していました。カリフォルニアらしい食の多様性への配慮が随所に感じられます。色とりどりのサラダバー、豆腐やテンペを使った創意工夫あるメイン、そして特筆すべきは自家製ドレッシングの美味しさ。シンプルながら素材の味を引き立てる絶妙な味付けで、いくらでも野菜が食べられます。
食の選択肢を通じて、個人の価値観や信条を尊重する──ここにもAsanaの「Be real(ほんものの自分でいよう)」という思想が貫かれていました。






オールジェンダーのトイレには、アメニティも充実していました。女子トイレに普段は入ったことがないので、少しドキドキしました。カリフォルニアらしい多様性への寛容さが、こうした細部にも表れています。すべての人が自分らしくいられる環境──それは「Be real(ほんものの自分でいよう)」というAsanaのバリューそのものでした。

清潔で広々としたトイレの空間。

毎日入浴する習慣のないアメリカでは、ドライシャンプーが日本よりもよく使われているようです。
そして各階に設置されたミニキッチン。自由に飲めるドリンク。楽器の置いてある一角。シールをつくれる自販機。どれも共通して"余白"をつくる役割を担っています。
ミニキッチンでドリンクや軽食が取れる。
ステッカーの自動販売機。無料で何枚でももらえます。

この他にも、ドラムやギターが置かれていました。
何時でも自分のペースで集中できるための"余白"は、従業員のマインドフルネスに貢献しています。Asanaのオフィスには、こんな言葉が掲げられています。
「Mindfulness(マインドフルネス)
自分の感情や思考に気づき、今この瞬間に存在する時間を持つこと──それは、困難や挑戦の時であっても、意図的な方向性を持つための第一歩です。チームとして、マインドフルネスは私たちが行うすべてのことから集合的に学び、改善し、そして文化を継続的に進化させることを可能にします。」
興味深いことに、「Asana」という社名そのものが、サンスクリット語で「ヨガのポーズ」を意味します。ヨガにおいて、ひとつひとつのポーズ(Asana)は、心身を整え、今この瞬間に集中するための姿勢です。複雑な動きではなく、シンプルで安定した状態こそが、深い集中と気づきをもたらす。
Asanaのプロダクト哲学も、まさにこれと同じです。複雑なタスク管理を、シンプルで明快な形に整える。心をひとつの場所に定め、注意を散らさない。そうすることで初めて、本当に大切な仕事に向き合える──これは、ヨガの実践そのものと言えるでしょう。

Asanaの共同創業者であるジャスティン・ローゼンステイン(Justin Rosenstein)は、こう述べています。
「ディストラクション(気が散ること)とは、"注意"と"意図"がズレている状態だ」"Distraction is where your attention and your intention are not the same thing."(@BIAN SOLIS)
また別のインタビューでは、「生活のあらゆる部分のあらゆる細部を1か所にまとめておくことが必須だと思います」(LIFEHACKER)とも語っています。
つまり、思考のノイズを徹底的に減らし、シンプルに思考することこそが、真の集中を可能にする条件だということ。ヨガのポーズが身体と呼吸をひとつに統合するように、Asanaは散らばった情報と注意をひとつに統合する。オフィスの設計も、まさにその延長線上にありました。
集中と緩和を自由に切り替えられる環境こそが、イノベーションの母体になる。そんなメッセージを強く感じました。
郵便室は「価値観のショールーム」だった
郵便室の前に、ずらりと並んだポストカード。そこに書かれているのが、Asanaの9つのバリューです。
バースデーカード、ギフト包装紙、リボン……誰でも気軽に"誰かを想う行為"ができる空間。SaaS企業で郵便室がもっとも"心が温まる場所"になること、ありますか?
ここに、Asanaの本質が出ていました。




バリューは「プロダクトのソースコード」
以下は9つのバリューを、現場で感じたエッセンスとともに再解釈したものです。単なる理念ではなく、すべてが製品コンセプトとリンクしていました。
- Be real(ほんものの自分でいよう):Asanaの初期開発は、「メールをなくしたい」というシンプルな怒りから始まっています。メール文化は虚飾と誤解の温床。だから徹底して"正直であること"を価値に置いている。プロダクトにも"虚飾"がありません。情報は簡潔。装飾は最小限。見た瞬間に理解できます。
- Clarity(透明性):Asanaが誕生した背景には、「Facebookのプロジェクト管理が地獄だった」という創業者の実体験があります。曖昧な情報は摩擦でしかない。だからAsanaは"透明化のためのUX"に異常なほどこだわります。タスクの誰が・いつまでに・何をやるのかが一目で分かる設計です。
- Co-creation(共創):Asanaは"働くことのインターネット"をつくりたい会社。インフラは独りでは作れません。そしてAsanaはAPIの思想が強い。Notion、Google、Slackなどとの連携のしやすさは、この価値観の副産物です。
- Heartitude(優しさ+熱量):創業者がUXに異様なこだわりを持つ理由は、「働くことは人生の大半を占める。その時間が不快なのは、世界の損失だ」という思想。UIがやけに"優しい"のは、偶然ではありません。
- Do great things fast(速さと質の両立):初期のAsanaは毎週リリースされていました。でもスピード重視で質が落ちると、すぐ戻す。"早いのに壊れないSaaS"を目指す文化が、ここにあります。
- Give and take responsibility(責任の循環):創業者DustinはFacebook時代、「情報の責任者が曖昧になるカオス」を嫌っていました。だからAsanaでは"責任の所在"が常に明確。Assign、Due、サブタスク──すべてこの思想の痕跡です。
- Mission(使命):「世界中のチームの生産性を高める」これは大げさでなく、Asanaの社員は本気でそう信じています。使命感があるから、機能追加がブレない。OKR機能も、この"使命"を支える柱です。
- Reject false tradeoffs(偽のトレードオフを拒否する):"シンプル or 高機能" "自由 or 管理" "スピード or 品質" 普通はどちらかを捨てますが、Asanaは全部を取りに行く。UIの軽さとプロダクトの強さが同居している理由は、ここにあります。
- Mindfulness(マインドフルネス):集中できるUIこそ、最大のプロダクト体験。ノイズのない画面構成は、"心を散らさない効果"を計算して作られています。

会議室の山、12階の隠し部屋──遊び心は「深い意図」の裏返し
会議室は山の名前で呼ばれています。隠し部屋はリラックス用。幹部会議室からは街が一望でき、視座が自然と上がる設計です。どれも「働く時間をどう心地よくするか」という問いの答え。遊び心は甘えではなく、集中力を最大化するための"仕掛け"でした。



乾いたカリフォルニアの空気を感じる屋上からの眺望は最高です。
奥の本棚の奥に隠し部屋があります。


結論:Asanaは「働き方のOS」であり、注意力の建築学
今回の訪問で確信しました。Asanaは「やることを書くアプリ」ではなく、人とチームの動きを最適化する"クラウドのOS"です。
デジタルのノイズに溢れて暮らしている私たちは、どうしても複数のアプリに翻弄されています。いろんなことをやりたくなる衝動を抑え、一度に一つのことだけをこなし、精神的に最も大変な仕事から先に取り組める環境を整備する──それがAsanaなのです。ジャスティン・ローゼンステインが語った「注意と意図のズレ」を解消すること。それは単なる効率化ではなく、人間の認知資源を最も価値ある仕事に集中させるための、哲学的な挑戦です。
そしてAsanaの根底にあるのは、「ほんものの自分でいることが、最も生産性を高める」という信念です。オールジェンダーのトイレ、ベジタリアンへの配慮、誰かを想う行為を後押しする郵便室──これらはすべて、個人が自分らしさを保ちながら働ける環境を整えるための設計です。虚飾や我慢を強いられた状態では、真の集中は生まれない。だからAsanaは、プロダクトだけでなく、空間やカルチャーのすべてにおいて「Be real(ほんものの自分でいよう)」を徹底しているのです。
透明性の高いタスク管理も、シンプルで優しいUIも、すべてはこの思想に繋がっています。人が自分を偽らず、責任を明確に持ち、本質的な仕事に集中できる状態──それこそが最高の生産性を生む。これは、ネクストモードのビジョン「クラウドであたらしい働き方を」と深く親和する思想です。私たちが理想とする、地理に縛られず、ツールに振り回されず、仕事の本質に集中できる働き方。その未来像に最も近いSaaSが、Asanaだと改めて確信しました。
未来の働き方は、注意力をどう設計するかにかかっている。そして同時に、ひとりひとりが「ほんものの自分」でいられる環境をどう創るかにかかっている。
その答えは、もう始まっています。