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ヒマラヤの山道で見た「EVは思想ではなく実務になる瞬間」

日本酒をこよなく愛する里見です。私はこれまで、イノベーションというものは先進国の大都市や、潤沢な予算を持つ企業の研究所から生まれるものだと、どこかで思い込んでいました。しかし、ヒマラヤの麓で乗った一台のEVミニバンは、その認識を根底から覆しました。技術は、最も必要とされる場所で、最も現実的な形で花開く。制約こそが、真の最適解を導き出す。

今回ネパールで目にしたのは、「未来の実証実験」ではなく、「今日の当たり前」でした。それは、私たちが日本で語る「DX」や「クラウド化」にも通じる、本質的な示唆を含んでいます。

山道を走りながら、私はふと思いました。変革とは、思想を語ることではなく、日々のオペレーションの中に合理的に埋め込まれていくものなのだと。以下は、そんな気づきを得た、2026年1月の移動の記録です。

8717a567-3c2e-42fa-90f8-2f68d5e99264アンナプルナの登山口であるベシサハールの周辺は曇っていました

山道で出会った「普通」のEVミニバン


アンナプルナを下山し、ベシサハールからカトマンズへ戻る道中で、私は思いがけずEVミニバンの「あたらしい使い方」を体験しました。それは展示会でも、カンファレンスでもなく、ごく普通の移動時間の中にありました。

EV(Electric Vehicle)が本質的なイノベーションと呼ばれる理由は、単なるクルマの置き換えではなく「エネルギーと社会の再設計」を伴うからです。EVのような新技術には、SFに描かれる空想的な未来像が必要だという幻想がありますが、実際の革新はもっと地味でした。

19e37a0a-dc25-45fb-9eb0-294aa61eace3車種は中国を代表するバス・ミニバン専業メーカーであるKing Long

私が乗ったのは、運転手を含めて15人乗りのKing Longのミニバンです。King Longは、「現実の運行を止めないこと」に全振りしたEVメーカーだと感じました。ネパールの山道で普通に走っていること自体が、その完成度を物語っています。

この車両を運行していたのが、ネパールの電動モビリティ事業者ElectriVaでした。ElectriVaは、観光向けのショーケースとしてEVを走らせている会社ではありません。ネパール国内の公共交通・商用輸送をEVで成立させることを目的に立ち上げられた、極めて実務志向の事業者です。

エネルギー安全保障としてのEV


背景にあるのは、非常に現実的な事情です。ネパールは化石燃料をほぼ輸入に頼る一方で、ヒマラヤ山脈の南側に国土が広がり、高低差を活かした水力発電という強力な電力資源を持っています。EVは環境に良い選択であると共に、エネルギー安全保障と経済合理性の観点から選ばれた手段です。

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EVと言えば、テスラのような全部入りの最先端の車をこれまでは思い描いていました。しかしこの車は、必要最低限の機能をシンプルに搭載しています。King LongのEVは、テスラのような「クルマ×アプリ×クラウド」を前提にした設計ではありません。スマートフォンが鍵になることもなく、専用アプリで解錠・空調・位置管理を行う機能も基本的に備えていません。これは機能不足ではなく、最初から思想が異なるためです。

King Longは、公共交通や商用輸送を前提に設計されています。そのため操作や管理は車両側で完結するシンプルな構成が基本で、常時通信やクラウド連携に依存しません。通信環境に左右されず、ガソリン車と同じように、運転手が迷わず使えることが重視されています。

ナビゲーションについても同様です。Google Mapと連携し、残電力や充電計画を自動最適化するような高度な機能は想定されていません。これは技術的制約ではなく、EVステーションが限られ、運行ルートが固定されている地域では過剰だからです。

安全装備も割り切りがあります。バックカメラなどの基本的な装備は搭載される一方で、全方位監視カメラや高度な自動運転機能は基本的に備えていません。目的は体験価値ではなく、大型車両として必要十分な安全性と耐久性です。

自動運転についても同様で、King LongのEVは「運転をソフトウェアに任せる」思想ではなく、人が確実に操作し、壊れにくく、走り続けることを重視しています。

結果として設計は非常にシンプルです。内燃機関がモーターに置き換わり、構造は分かりやすくなり、整備性と信頼性を最優先したEVになっています。

King LongのEVは、モビリティOSで体験を進化させるクルマではありません。運行を止めないための道具として完成度を高めたEVです。ネパールのように、悪路や高低差、通信環境の制約がある地域でEVが普通に使われている理由は、まさにこの割り切りにあります。

2c8d91c2-9ade-4200-a85c-d7c6e843744d山道を走行してきたため、泥だらけの車体

昼食の間に完了する充電


途中、Darechok(ダレチョーク)という街で昼食休憩がありました。その間、ミニバンは特別な演出もなく、当たり前のように充電を始めます。充電器の画面に表示されていた数値は、簡潔かつ具体的でした。

0f93eae4-74cc-49b8-957d-d8394944144cSOC(充電率):93%
出力:約27kW
充電時間:21分
充電電力量:15.7kWh
料金:23.59 ネパールルピー

昼ご飯を食べている間にこれだけ充電でき、そのコストは驚くほど低い。燃料を輸入に頼る内燃機関車と比べると、運行コストの差は直感的に理解できます。

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充電口を間近で見ると、そこには「快 充電口 DC」と表示されたDC急速充電ポートがありました。アプリも、カード認証もありません。キーを差し込み、ロックを解除して充電するだけです。この簡素さは、決して技術的に遅れているからではありません。

ElectriVaが徹底しているのは、壊れにくく、迷わず、誰でも使えるという運用思想です。ネパール国内のEVステーションの数は、決して多いとは言えません(注1)。しかし、カトマンズ盆地や主要幹線道路沿いには、商用運行が回る最低限以上のDC急速充電拠点が、すでに現実的な密度で配置されています。

重要なのは数ではありません。昼食や休憩の時間で運行が成立する設計になっていることです。今回のDarechokでの充電は、その象徴的な一場面でした。

さらに、ヒマラヤの山道では下りが続きます。EVはその下りで回生ブレーキによって電力を回収します。この地形そのものが、EVにとっての発電装置になる。ここまで条件が揃った環境は、世界的にも多くありません。

935aed71-3ced-4630-9c63-1b07785463c3貨客混載が当たり前で、車内だけでなく屋根にも大量の荷物が積まれていました

「発展途上国」という言葉の表層性


日本では、EVや再生可能エネルギーは、いまだに「実証実験」「先進的な取り組み」という言葉で語られることが少なくありません。一方でネパールでは、それらはすでに日常のオペレーションとして静かに機能しています。何百年も変わらない山の景色を眺めながら、USBでスマートフォンを充電し、静かな車内で移動する。この体験は、「発展途上国」「遅れている国」という言葉が、いかに表層的で、現実を見ていないかを静かに教えてくれました。

文明は一直線には進みません。必要な場所で、必要な形で、一気に最適化されます。ネクストモードが掲げる「クラウドであたらしい働き方を」という言葉も、まさに同じ思想に立っています。

クラウドとEVに共通する設計思想


これまで日本のITインフラは、安定性と完璧さを重視するあまり、重厚長大でモノリシックな構成を選びがちでした。一度すべてを決め切り、長期間使い続ける。その代わり、変更には時間とコストがかかります。

しかしクラウドの世界、とりわけAmazon Web Services(AWS)が提示してきた設計思想は、そこから大きく異なります。AWSは創業当初から、「完璧なシステムを最初に作らない」「小さく始め、必要に応じて組み替えられること」を前提にサービスを設計してきました。単一の巨大な仕組みで全てを賄うのではなく、役割ごとに分離されたサービスを組み合わせる。そして、要件が変われば、その部品だけを入れ替える。いわゆるベストオブブリードの思想です。

これは、「全部入りの立派な車を一台作る」発想ではありません。必要なときに、必要な性能の部品を選び、組み替えながら走り続ける。ネパールのEVミニバンが、シンプルなDC急速充電と現実的な運行設計で回っているのと、構造はよく似ています。

制約があるからこそ、選択は鋭くなる。電力事情、地形、コスト、運用する人のスキル。その制約を前提にしたとき、最も壊れにくく、最も回り続ける形が選ばれます。

クラウドも同じです。リソースが無限にある前提で考えるのではなく、「変化する」「失敗する」「作り直す」ことを前提に設計する。AWSが掲げてきたこの思想は、インフラを「作るもの」から「育て続けるもの」へと変えました。

ヒマラヤの山道を走るEVミニバンは、そのことを思想やスローガンではなく、数字とオペレーションで示してくれました。ネクストモードがクラウドで目指しているのも、まさにその世界です。完璧な設計図を描くことではなく、変化し続ける現実の中で、止まらずに回り続ける仕組みを作ること。それは、山道を走りながら静かに充電を終えるEVと、驚くほどよく似ていました。

(注1)ネパール国内のEVインフラについて:ネパールではEV充電インフラが急速に拡大しており、2025年時点で公的・民間の合計で1,200〜1,500以上の充電ステーションが稼働していると報告されています。これは主要幹線道路や都市部に広がりつつあるものです。 また、近年の輸入統計では、四輪車の新規輸入に占めるEVの比率が70%以上となっており、ネパールは新車段階での電動化が世界でも高い水準にあるとされています。 

 
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