――アンナプルナ下山後、感覚はどこへ向かったか――
日本酒をこよなく愛する里見です。旅先で酒に出会うとき、私は味よりも先に、身体の反応を確かめています。香りに足が止まるのか、喉が自然とそれを欲するのか。その土地の酒は、頭ではなく身体に受け取られるものだからです。
アンナプルナのティルチョレイクから下山した直後、肺の奥にはまだ薄い空気の名残がありました。呼吸は深く、無意識に歩幅は小さくなります。太腿には鈍い疲労が残り、靴底からは砂利の感触が直接伝わってきます。
この状態で町に降りると、情報の入り方が変わります。看板や言葉よりも先に、音、匂い、温度が入ってくるのです。夕方、アンナプルナの稜線が影に沈むころ、乾いた風が砂埃を巻き上げ、露店の鍋から油と香辛料の匂いが漂ってきます。
街の中にはいたるところに寺院がありました。
穴蔵の酒場と、焚火の赤
――暮らしの重心に近づく――
ベシサハールでローカルのラキシー(Raksi)に出会ったのは、舗装の剥げた道を歩いているときでした。ネパリパウダーと言われる茶色い埃も、日没間近になると落ち着きます。そんな中、赤く染まる夕日とLEDの青白い街灯が、建物の角を鋭く切り取っていました。
穴蔵のような店に入ると、裸電球が一つ、低い天井からぶら下がっていました。空気は湿り、発酵と煙が混じった匂いが鼻に残ります。
街の一角にひっそりとある小さなあばら家。右側が地元の「居酒屋」です。
粟から作られたラキシーをお湯割りで受け取ると、まず手のひらが温まりました。値段を尋ねると、1杯50ルピー(約50円)。指先の冷えがゆっくり引いていきます。喉を通るアルコールが胸の奥に落ち、身体がゆっくりと緩みます。洗練や演出はありません。ただ、寒さに必要な野性の味でした。
写真では明るく見えますが、実際の建物の中は薄暗いです。
5人も入ればぎゅうぎゅうになるカウンターの向こうには、小さな寝室がありました。四畳ほどの空間で、働く場所と住む場所が隣り合っています。「私たちの酒を飲んでくれて嬉しい」。その言葉を聞いたとき、ヒマラヤの民の懐の深さを感じました。
人懐っこい小学生の女の子がこの寝室から出てきました。
カトマンズで飲んだトゥンバ(Tongba)も印象的でした。
カトマンズでトゥンバを飲むには、カーテンのかかった店を探すことになります。ネパールは世界有数の酒飲み国でありながら、路上で酔っ払いを見かけることはほとんどありません。観光客が集まる一部の店を除けば、酒は密やかに、カーテンの向こうで嗜むものなのです。この静かな距離感が、かえって酒の時間を特別なものにしている気がしました。
カーテンのかかったお店があると、ローカルなお酒が飲める可能性が高いです。
トゥンバは、粟の粒が残ったまま発酵させたものです。そこへ熱いお湯を注ぎ、ストローで静かにすすります。つまみはピーナッツと野菜を和えたサデコ(Sadeko)で、これが驚くほど美味しかったです。豪華ではありませんが、酒と場にきちんと寄り添った食べ物でした。
トゥンバは200ルピー(約200円)から400ルピー(約400円)ぐらいです。アルコール度数は低く、お湯を継ぎ足して何杯も飲めます。
香ばしいピーナッツと野菜を和えたサデコ。
白いパンのようなものがヤマリというローカルフード。なかに甘い味噌のようなものが入っています。
少し辛い肉の炒め物がローカルフードのチョイラ。
最終日の夜、チャン(Chang)を探して町を歩いていました。冷えた空気の中、足音だけがやけに響きます。閉まっているように見えた店を諦めかけたとき、30メートル先で焚火の赤い光が揺れているのが見えました。
若者たちは火を囲み、簡素なアルミの容器を回しています。火の熱が頬に当たり、手の甲がじんわり温まります。
焚火をしながら裏路地でトゥンバを飲んでいます。
「チャンが飲みたい」と声をかけると、一人が無言で立ち上がり、闇の中を小走りで戻っていきました。戻ってきた彼が差し出したミルク色の液体は、薄い甘酒のようで、乳酸菌の酸味が舌に残ります。その一杯は、身体に残る記憶として、今も鮮明です。
500mlのペットボトルに入ったチャンは、100ルピー(約100円)でした。チャンを蒸留するとラキシーになります。
早朝の仕事と、午後の酒屋
――時差が生む身体のリズム――
ネパールと日本の時差は3時間15分です。そのため、旅先では4時に起き、5時には仕事をしています。まだ薄暗い中でPCを開き、冷えた指先を温めながら会議に入ります。
仕事が終わる時間は日によって異なりますが、早く終わった日は、地図を広げて山の計画を立てたり、ローカルな酒屋を巡ったりしています。この生活リズムは、身体に正直です。仕事の集中を終えた後は、遊びに集中する。興味関心の対象を切り替えた後も、身体を包む温度や湿度がいつもと違っているからか、街の臭いが意識の不連続を繋ぎます。
ホルモンをニンニク、ショウガ、ターメリック、チリなどのスパイスと炒めたブタン(Bhutan)。100ルピー(約100円)と安く、毎日のように食べていました。
旅先で行ったWEB会議の内容は、不思議とよく覚えています。どの議論を、どの町で、どんな匂いの中で話したかが、空間の記憶として身体に残るからです。非対面であるはずのリモートワークが、むしろ仕事の出来事を立体的に記憶させてくれます。
カトマンズで飲んだ自家製のラキシーは、ウイスキーの瓶に詰め替えられていました。お店によって味が変わりますが、ここは日本の焼酎よりも少し低めのアルコールでマイルドでした。
ポイエーシスとしての働き方
――なぜ旅をし続けるのか――
私は旅に憧れを抱いてきました。しかし、その憧れは、長らく空想でしかなく、大学の卒論で選んだジャン・ジュネがヨーロッパを自由に旅する姿に憧れるだけでした。
社会人になってからは、終電がなくなっても困らない、都内のオフィスから歩いて帰れる場所で10年以上暮らしてきました。旅をしながら働くなんてことは、一部の限られた人の特権だと諦めていました。
しかし、ネクストモードでOktaやNetskope、CrowdStrikeを用いたゼロトラストのセキュリティを整えたことで、旅への憧れは現実になりました。生きることの達人は、仕事と遊びをはっきり分けません。労働時間と余暇、心と体、勉強と娯楽を分断しないのです。
労働には二つの側面があります。一つは、決められた手順を繰り返す「作業としてのプラクティス」。もう一つは、何かを生み出し、形にしていく「創造としてのポイエーシス」です。私は、ポイエーシスの労働観を創りたいと、ずっと追い求めてきました。
ポイエーシスとは、古代ギリシャ語で「制作」や「創造」を意味する言葉で、単なる労働ではなく、自らの内側から何かを立ち上げる行為を指します。それは、職人が作品を生むように、詩人が詩を紡ぐように、働くこと自体が創造的な営みになる状態です。
「クラウドであたらしい働き方を」というネクストモードのビジョンは、効率化のためだけの言葉ではありません。人が本来持っている好奇心と移動の自由を、現代において回復させるための思想です。人間は本来、歩き、見て、触れ、匂いを嗅ぎ、未知の場所で身体ごと世界を理解する存在でした。しかし近代以降、私たちは効率という名のもとに、その自由を少しずつ手放してきました。
AIの時代だからこそ、AIには担うことのできない身体性を、旅の中で感じていたいのです。アルゴリズムは最適解を導き出せても、冷たい空気を肺に感じることはできません。焚火の向こうで回される一杯の重みも、砂埃が巻き上げる夕暮れの匂いも、データ化できない体験として、この身体にしか宿りません。
だから私は、クラウドのチカラを借りて旅をします。旅をしながら経営をします。冒険と経営は、身体感覚を通して、すでに一つの営みとして溶け合っているのです。
ヒマラヤの風が、まだ肌に残っています。次はどこへ行こうか。地図を広げる夜が、またはじまります。
街中ではチャットパテ(Chatpate)が50ルピー(約50円)で売っています。ライスフレーク(チウラ)に野菜やスパイス、豆などを混ぜたスパイシーなストリートフードで、とても美味しいです。